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第8回「思いやりの心」(2016/9/9)

 

「出来る・出来ない」は可能の意味を含む。「やる・やらない」は自分の意思次第っていう認識でしょうか。

 

中学生時代に体育の授業で毎回授業の前日に課題を出す、みたいなのがあったのかな。それが一日遅れてしまって。職員室の入り口で先生を呼ぶために「昨日提出『出来なかった』課題を提出しに来ました」と言った。

 

すると先生は、「『出来なかった』じゃなくて『しなかった』やろうがっ!!」と大激怒。自分としては日付変わってて昨日はもう過ぎてて「出せなかった」という軽い気持ちで言ったのだけど、それがダメだったらしい。ま、提出物を期限に出さなかった自分が悪いんだけど。

 

最近ADHDの人とか見てて話してて思うのは、人によっては『やれない』じゃなく『出来ない』ことはある、と言うこと。あえて御幣が無いように修飾語をつけると「今は、どうしても、『出来ない』」というところか。

 

本人自身は相当悩んでて、やりづらくてでも改善しないといけないと思ってて、自分に罪悪感を感じる人も多い。たぶんそういう人に限って根はまじめ。ただ単に本人の意思が弱いだけじゃないかって場合もあるかもしれないが、出来る限り周りも合わせられるようになったら、全体的に生きやすくなるのかね。

 

ひとえに、愛だよ!(by こなた